ナースな毎日

私たちの日常

私たちだって色んなことに感動したり、叫んでみたり、もがいてみたりして、毎日送ってるんですぅ。みなさんの身近な存在になりたい・・・そんな想いで綴るブログです(*^_^*)

e-ラーニング


 
【以前からやってみたい・・・どんな感じ?大丈夫かな?】と思いながら始めた訪問看護。色々な事を教えていただき緊張しながらも笑顔で安心してもらえるよう心がけ訪問させていただいています。
 そんな想いの私に「eラーニング」という訪問看護養成講習会に参加する機会を頂きました。インターネットを利用した学習で、パソコンの苦手な私にとって・・・又「大丈夫かな?」と思いながら始まっていきました。5ヶ月間必須項目を繰り返し学習して、日々行っている業務での迷いや方向性などを確認できました。パソコン操作にも慣れ「大丈夫だったー」と一安心し終了する事ができました。この講習会も後一日を残して閉講式を迎えることができます。
 基本の知識や技術を学ぶ事はもちろん日々の業務と平行して行う事で、「前向きに」「それぞれの利用者様にあった対応」
の必要性をさらに感じました。
 今日もパソコンと格闘しながら笑顔でおじゃまします。
 よろしくおねがいします。


















 

これでいいのだ!


 
京大の佐藤泰子さんの講演「バカボンパパに学ぶ苦悩の人間学ー聴く・寄り添う・向き合う意味ー」を受ける機会に恵まれました。
 
 『わしはいつでもわしなので大丈夫なのだ』  『これでいいのだ!!』バカボンのパパに実在的苦しみは無い。
 
 つまり苦しみとは、『これでいいのだじゃないのだ!!』としか受け取れない時におこる。
 
 起こっている事実は同じでも、その事実が“こうだったらいいのに”と動かそうとするのに動かない。それが苦しみの正体。
 
 では苦しみから解き放たれるためにはどうしたらいいのか?
 
 それは寄り添ってくれる人に話す(語る)こと話して、離して、放す語ることで『事柄の意味・認識を変更していく』『新しい意味を探す』『未だ語られていない鉱脈を探す』そして本人の事柄の意味・認識が変更された時、ようやく苦しみを放すことが出来る。閉ざされた思考だけでは新しい意味に出会い損ねてしまう。
 
 そうなるために寄り添う者はどう“聴く”のか。
 
 自己と他者の間には深い河がある。この河があるからどうしても相手の思いを100%はわからない。しかも言葉は“事柄のはしっこ”すべては伝えられない。でも相手はこの河の向こうに寄り添う者がいるから、わかって欲しくて必死に語る。そうしている間に自分の中から新しい意味を作っている。つまり「答え」を与えるなどという傲慢な行為は必要ない。ひたすら本人の放たれる時間に寄り添うことが大切。
 
 仕事をする上でも私生活でも相手から相談を受けた時、ついつい良きアドバイスを求められていると思いがちである自分を振り返りました。あくまでも、どこまでも聴くことに徹し、起こっている事柄の意味づけがなされるのを待つことが寄り添うことと肝に銘じたいと思います。

 

春ですね


 
 新学期も始まり、子供たちは新しい環境にそろそろ慣れてきたころでしょうか。バタバタと過ぎた4月ですが、疲れで体調を崩さないように心掛けたいものです。
 訪問看護でお邪魔している利用者さまの中には外出が困難な方も多くいます。
 私はよく季節を感じる外の光景を伝えます。お庭の水仙が咲いてるよと草木の様子や、ツバメを見かけたなど最近は春の話題で季節感を味わってもらっています。
 そんな春ですが、熊本地震により多くの方が亡くなり、避難生活を余儀なくされている方が多くみえます。テレビの映像を見るたびに自然災害の恐ろしさを実感しています。改めて、この地にも起こりうる地震に対し他人ごとではないと考えさせられました。
 非常持ち出し袋の点検、災害時の家族の集合場所など確認作業をしました。
 熊本地震の義援金箱にも少額ですが入れさせていただきました。1日も早い復興をお祈りいたします。













 

在宅医療に関わる一員として


 
 豊田地域医療センター 大杉泰弘先生の講演「在宅医療〜古くて新しい21世紀の医療〜」を受ける機会に恵まれました。
 
 団塊の世代が全員75歳を超えて後期高齢者になる2025年は、医療・介護需要の急速な膨張を来し、病院に代わり、在宅や介護施設での看取りの増加が想定される。
  「2025問題」まであと9年。
 人類がかつて経験したことがない「超高齢化」「多死社会」の到来を控え、家族に頼らず地域でどうみていくか。
 
 地域包括医療の強化、人口動態の変化に対し地域ごとの特性を活かした政策が必要である。
 
 余命わずかと診断された女性に対し、幾つもの問題をクリアし、念願のスタジアムでの野球観戦を実現するまでの事例紹介では、目頭が熱くなるとともに『自分たちでも出来ることはないか』と思わずにはいられませんでした。
 
 初めから難しいと諦めるのでなく、利用者様のニーズを妨げる問題を細分化し、解決の為のアプローチを多職種で行うことの大切さを気付かされました。
 
 『最期のときまで愛犬or愛猫と居たい』『もう一度〜に行きたい』『〜をしたい』
そういった希望を叶えることが特別でなく、当たり前になるよう尽力していきたいです。
 
K.S 写真は著者近影(のネコ)

 

ミントの魅力


 
何年か前に2株植えたミントがふえてこんなになりました。ミントは涼しさを感じさせるので、夏におすすめのハーブです。
 お茶にしたり。お風呂に入れたり、そのままグラスに生けても香りを楽しめます。
 なべに湯を沸かし、ミントを煮出した湯冷ましを霧吹きに入れて室内に吹くと虫除けになります。この虫除け効果で、いつも虫に食われて困っていたイタリアンパセリが写真のように生き生きしています。
 大変繁殖力が旺盛で栽培はちょー簡単なミントを上手に使ってみませんか?




 

「地域包括ケア」って何だろう?


 
 3、4年前から『地域包括ケアシステム』という言葉をよく耳にします。
『地域包括ケアシステム』とは、重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続ける事ができるよう、医療・介護・予防・住まい・生活支援が一体的に提供されるものを構築すること。また、地域の特性に応じて作りあげていくこと、といわれています。 
  
 8月に『地域包括ケアシステムに求められる連携』という講演を聴いてきました。その中で看護の役割とは、『住み慣れた地域での在宅療養を、最期までささえる』こと、これが実現できる為には①看護人材確保②訪問看護事業所の基盤強化③効率的なサービス提供体制の整備④看護の質の向上、連携調整力強化を話されました。自分の地域を知り、ステーションの役割を考えできるところから実行しようと思いました。

 

訪問看護師として・・・


 
訪問看護師として働き始めて15年。月日が経ちました。
 働き始めて数年はただただ毎日必死でした。何度も壁にぶち当たり悩み反省し・・・その繰り返し。
 15年経った今もその当時と変わらず、日々、利者様や介護されてみえる家族の方に学ぶことが本当に多くあります。
先日も、癌と告知され家で最期までみたいと奥様が希望され周りの子供さん家族も全力でサポートされ、ご自宅で息を引き取られました。
 病気を告知され、初めのうちはどうしたら良いか分からず、不安で生活も大きく変わり眠れない日が続きいたため、身体的にも精神的にも辛かったと思います。
 それでも、

 ご主人と過ごした「家で最期まで共に暮らしたい」と、
 最期まで家で介護され見送られました。

 最期、奥様が「悔いなく介護やりきりました」と、泣かれながらも笑顔で話して下さいました。
 色々な方々との出会いが又繋がって私の看護になっていく。直接的ではないけれど間接的に、私を通してまた次の新しい出会いに繋がる。
 毎日悩み、反省する事もあるけれど、利用者さんや家族の笑顔や頑張っている姿をみて、私自身力を頂いています。

 

子育ての大変さ


 
 昨年第一子を出産し、あっという間に1年が過ぎました。
 産まれてから泣いて意思表示をすることが精一杯だった赤ちゃんが、今ではすっかり子どもらしくなり、自分の足で歩き、自分の行きたいところへ行き、「あれがしたい、これがしたい」「これは嫌」など身振り手振りで表現したり、言葉にならない言葉で一生懸命話したりしてくれるようになりました。

 よく、「ママが看護師だから安心だね」なんて言われたりもしますが、どんなに知識があったとしても実際の子育ては教科書通りにいかないことがほとんどです。

 医療の現場で働いているからこそ、健康であることのありがたみをより強く感じます。
 子どもが熱が出れば病院に連れて行き、自分の健康管理ももちろんしなければならない。自分1人であればなんでも適当で良かったけれど、今ではそんなわけにはいきません。冬になってきた今は、手洗いうがい、加湿や換気、室温や衣服の調整など気遣っています。初めての育児は右も左も分からないことだらけで、不安もいっぱい。

 子どもの笑顔に癒され、励まされたくさんのことを学ばせてもらってます。
 まだまだ未熟なママ1歳。

育児は育自なんだと、実感する毎日です。

 

「健康」


 
 2017年、今年も家族揃って健康で新年を迎える事ができました。慌ただしく過ぎた年末でしたが、お正月は天候にも恵まれお雑煮や、おせち料理を食べながら家族でゆっくり過ごすことができました。みなさんは、どのようなお正月を過ごされましたか?
 家族、親戚で集まって話題になったことは 「健康」
 両親も少しずつ老いを感じ始め、無理をせず穏やかに過ごせていければいいわ…と母の言葉を聞き、娘の私も今まで頑張ってきた分、穏やかな老後を過ごしてほしいなと思いました。やはり、心も身体も健康でいることが大切です。分かっていてもなかなか行動をおこさなかった私ですが、今年は出来ることから始めました。
 
 
 まずは
  • 家族で寝る前に「ヨガ」
  • 和食中心の食事にする。
  • ストレスをためない。ON/OFFの気持ちの切り替え   です。
 

 
 まだ始めたばかりですが、笑顔で毎日過ごせるように色々なことにチャレンジしていく年にしたいです。みなさんも一緒にチャレンンジしてみてはいかがでしょうか!(^^)!
 


出会いと別れ

 

 
 まだまだ寒い季節が続きますね。冷え性の私にとっては春が待ち遠しいです。
 手足が冷たいのでヨガで教えてもらった足の裏を拳で叩き循環を良くしています。
 手足が冷たいといろいろ問題もありまして・・・この時期は利用者様に触れるにも心苦しいです。
                          
 
 もうすぐ卒業シーズンですが、春は出会いと別れの季節でもありますね。
 訪問看護の仕事を通しても様々な人との出会いがあります。初対面は緊張しますが、不思議とわくわく感もあります。どんな人と出会えるのかな?と、様々な境遇の中で生活されている在宅へ足を踏み入れ、信頼関係を築くことの大変さは楽しさへと変わっていきます。
出会いは楽しさで満ち溢れていますが、別れは悲しいです。
 亡くなってしまう別れはつらいです。遺された家族にとってもつらいことです。
 訪問していた私たちもぽっかり穴が開いてしまったような気持ちになります。“グリーフケア”(*1)として訪問をし、その後のご家族の様子を伺うのですが継続した関係作りには至っていないのが現状です。残された家族が一人になってしまったケースは気になって仕方ありません。外出先で偶然会った時には顔を見てホッとします。
 出会いと別れを繰り返し、日々の訪問看護を続けています。
 
 
 

平穏死 〜本当の幸せな逝き方〜


 
ポカポカと暖かい日差しとともに春の訪れを感じながら、訪問にいかせて頂いています。寒くてなかなか外出できなかった利用者さんも桜を見に行こうと計画されています。
 
  先日、子供と図書館に行った時、ふと目に止まった本がありました。『家族が選んだ平穏死』という本です。訪問看護として働き始め、約3年。以前の私だったら目に止まらないような本でした。
 まだ、最後までは読めていませんが…。介護された家族の実際の証言があり、ガン末期や認知症のケースが紹介されていました。その間に在宅医の長尾先生の平穏死のコツが入ってきます。
 平穏死とは苦しまないで長く生きること。実現するためには
1. 最期を迎える場が、本人が「希望する場所」であること
2. 緩和医療がなされ「苦痛がない」こと、あるいは少ないこと
3. 終末期に「穏やかな楽しみや笑いがある生活」を送れていること
4. 本人が「死期が迫っていると思わない」こと
5. 本人も家族も最期を迎える「現状に満足」していること
と長尾先生はおっしゃっていました。
 私も訪問看護師として、この5つを少しでも満たせるように本人・家族に援助できたらと改めて考えさせられました。そして、それを実現するためには本人が元気なうちに家族でどのように最後を迎えたいか、話しておくことも大切だと思いました。
 昔は自宅での自然な死が当たり前でした、それが今では自宅で最期を迎える人が1割程度になっている現状。自然に…自然に…、平穏死は自分らしさを追及できるのではと感じました。

 

「家族」「親子」


 
 日々の訪問の中で、利用者様とご家族の関係は環境により様々です。在宅介護にとっての「家族」は、大切でなくてはならないものだと思います。
 
 私事で恐縮ですが、先日、娘の結婚式があり、無事に送り出す事ができました。
 親の複雑な気持ち・・・、娘との距離感など、変化が微妙におこっているのを感じながら半年を過ごし、当日を終える事ができました。
 
 ふと、訪問先のすべての方も、親としてこのような思いを経験し、今に至っているんだなぁと思うと、胸が熱く何とも言えない感情になりました。
 それぞれのご家庭で形は違いますが、親子として色々な思いを経ての現在に、看護師として参加させて頂いているのだと、改めて思いました。
 今回の事で・・・、
 介護に必要な「家族」「親子」について考えるきっかけになりました。答えのない難しさはありますが、少しでもお互いの思いに添えるよう、看護させて頂きたいと思います。






 

テレビ番組「●●●が教えてくれたこと」を観て


 
5月9日の某局番組「●●●が教えてくれたこと」を見ました。
 読者の方でご覧になった方もいるかもしれませんが、少し説明させて頂くと、某局のディレクターになったお兄さんが、脳性麻痺の妹の介護をはじめてしてみて気づいたことが映像でつづられています。なぜこれまでしたことがない介護をしてみようと思ったかというきっかけは、昨年相○原の障害者施設で起こった、元施設職員の入所者殺人事件でした。「障害者の家族は不幸だ」という犯人の言葉を否定するためだそうです。
 たしかに、障害を持って生きるということはいろんな制約があります。誰かの力を借りなければいけないし、時間だってかかります。だけどそれが幸せか不幸かと決めるのは、その人自身ですよね。
 番組の中で●●●さんのお母さんが「●●●はいつも幸せでいなけりゃいけないのかなあ」と言っていました。そうですよね、誰でも幸せなときやそうでもない時があります。それは障害のあるなしに関係ないし、そもそも何が幸せかって人それぞれだと思うのですが。
 皆さんはどう思われますか?




 

研修会


 
  平成22年より年に1度、他の事業所と合同で研修会を行っています。今年は1つ加わり3事業所、約75名が集まりました。テーマは『チームで自分を活かす方法を学ぶ』〜アチーバスで楽しみながら、チームでの自分の関わりを磨こう♪〜
 4人1組になり、アチーバスというカードを使い1時間ぐらいゲームを楽しみました。ゲーム終了後は、ゲームを通して「自分で思う自分の特徴」と「他の人からみた自分」、異なる見え方・表現の仕方、違いがあることを意識し、コミュニケーションをタイプ別に分けました。「自己主張が強い・弱い」、「感情が表に出やすい・出にくい」など様々で、タイプ別での対応方法説明資料も配付され興味深く読んでいました。
 昼食を挟んで2回目は、同じタイプの人を集めて行いました。タイプの違うグループもありましたが、1回目よりはルールもわかり楽しめていたように思いました。
 最終的に今回のアチーバスのゲームを通して、明日から自分がチームで活かせる自分の取り組みと具体行動目標を考えました。
 ゲーム、昼食、30分ぐらいの職種別懇親会などで、他の事業所のかたと楽しく交流できました。 by みっきー
(参考:アメリカ社会学者デビット・メリル SocialStyle)

 

ヨガ部


 
医療法人マックスは、いくつかの部活があります。ビーチバレー部、ボーリング部、山岳部、読書部等々・・・。その中で私が行っているのがヨガ部です。
 なかなか継続出来ない私が唯一続けられている事の1つです。
 ヨガをはじめて10年以上。
 週に2〜3回は部活以外にもヨガの時間を作るようにしています。
 以前は、呼吸が浅く、すぐに風邪をひいてしまい寝込む事も多かったのですが、最近は風邪を引くことも減りました。
 どんなに疲れていてもヨガをすると身体がスッキリ1日の疲れがスッキリします。皆さんは何を継続して行ってみえますか?
 
 「ヨガ」とはサンスクリット語で「つながり」を意味しています。
 心と体、魂が繋がっている状態のことを表します。呼吸、姿勢、瞑想を組み合わせて、心身の緊張をほぐし、心の安定とやすらぎを得るものです。皆さんも良かったら一度ヨガしてみて下さい。
 

仕事が教えてくれたこと


 
 看護師になって27年、訪問看護師になって17年。沢山の人と出会い、沢山のご縁を頂いてたくさんのことを学ばせて頂きました。こんなに沢山の人と関わる事のできる仕事はないと思っています。いろんな人の最後を看取り、いろんな生き方、いろんな家族のあり方をみて勉強させてもらっています。そしていろんな立場からのものの見方、考え方があり、誰もが悩んだり苦しんだりしながら一生懸命生きています。それを目の当たりにする仕事でもあります。
 人・生・死・老・病に関わらざるを得ない尊い仕事です。人が避けられない苦はありますがそんな時に少しでも支えになれるよう日々学び、もっともっと成長していきたいと思っています。






 

タッチングってすごい!

 
もう10年程前になりますが、ある心理学講座を受講した時、講師の方がこんなことをおっしゃっていました。

 「患者さんと接する時間が長い看護師さんより、整体師や理学療法士(以下、PTと略す)さんのほうが患者さんから相談事や悩みを打ち明けられることが多いんです。何故だと思いますか?」と。
 当時、病棟ナースとしてバリバリ仕事をしていた私はその事実に驚くと同時にちょっとショックを受けました。〝私達ナースよりPTの方が頼りにされてるってこと?!″と…。でも、そうではありませんでした。講師の方はこう続けました。
「それもタッチングが大きく関係しているんです」と。
 
 タッチングとは(肌に)タッチする=触れるケアと訳されるように、肌に手を当てる、肌を撫でる・さする・揉む・圧迫するなどの行為のことです。
 私達ナースも学生時代に教科書で習いましたし、実際に患者さんと接している時にもタッチングしながら話をする機会がありました。
 ですが、整体師やPTは30分~1時間という治療時間の大部分を直接身体に触れているため、タッチングの機会も時間も範囲も圧倒的に多いのです。 タッチングには短時間で人と人との距離を縮めたり、ストレス・不安・恐怖・痛みなどを緩和してリラクゼーション効果があります。また、脈拍や血圧の安定、認知症の症状改善など身体的にも良い効果があることが科学的にも証明されていることも知りました。

 それからは不安が強い患者さんにはそっと背中に手を当てて話を傾聴したり、ストレスが溜まっている患者さんには手のひらマッサージをしたりとタッチングの機会を多くするように心がけました。すると本当に不思議なことに「あなただから言うけど…」とか「実は○○○だから怒ってたんだ」など、患者さん側から話をされることが多くなりました。
 
 そう言われれば…、(これは余談ですが)プライベートでも例えば〝この人ともっとお近づきになりたいな″と思うような人には自然と手が相手の腕に触れたりしていたような…
 あれは本能的に「この人ともっと距離を縮めたい」という心理状態の表れだったのでは…。皆様にも思い当たる節はありませんでしょうか? 


 タッチングは特別な技術も労力も費用も必要なく、今からでも誰にでもできる素敵な行動だと思います。(男性が女性にする場合は少し配慮が必要かもしれませんが)
 皆様も距離を縮めたい相手やリラックスしてほしい相手にさりげなくタッチングしてみてはいかがでしょうか。
 
 看護師になって27年、訪問看護師になって17年。沢山の人と出会い、沢山のご縁を頂いてたくさんのことを学ばせて頂きました。こんなに沢山の人と関わる事のできる仕事はないと思っています。いろんな人の最後を看取り、いろんな生き方、いろんな家族のあり方をみて勉強させてもらっています。そしていろんな立場からのものの見方、考え方があり、誰もが悩んだり苦しんだりしながら一生懸命生きています。それを目の当たりにする仕事でもあります。
 人・生・死・老・病に関わらざるを得ない尊い仕事です。人が避けられない苦はありますがそんな時に少しでも支えになれるよう日々学び、もっともっと成長していきたいと思っています。





 

 
 


価値観って何だろう?


 
先日、医療法人マックス発表会に聴衆として参加しました。
 訪問看護師の他に、介護士、ケアマネジャー、理学療法士、医療事務等、多方面からの研究発表でした。感動あり、笑いもあり、考えさせられるものありという有意義な時間を過ごすことができました。そして、どの発表にもほぼ共通しているものは、“相手の価値観を大切にする”ことのように思いました。
 価値観とは、一言で表すと“一番大切にしている思い、考え”のことで、生き方の軸になるもの。そしてこれは人によって様々で、もちろんどれが良くてどれが悪い等のような評価もされないものです。

 以前、キャリアコンサルタントとして就職や転職の支援もしていた私。やはり、ここでも大切なもののひとつに「価値観」がありました。
 ”どんな仕事をしたいか? どんな働き方をしたいか? どんな人生を送りたいか? ”求職者の方々はこれらの軸が明確になると就職や転職がしやすく、同時に自信やエネルギーも湧いてきていました。
 改めて、やはり同じだと思いました。
 どんな生き方をしたいのか? 家族や友人とはどんな関係を築きたいのか? どんな活動をしたいのか? 人生の最期はどう迎えたいのか? ……様々な場面で価値観を問われることがあると思いますが、それらの価値観が明確になっていると、焦らず納得した自分なりの人生が送れるはず。私自身もあらゆる場面での自分の価値観を明確にしつつ、看護を通して目の前にいる人の価値観を明確にするお手伝いもできたらいいなぁと思っているところです。